【書評】『米欧回覧実記』 久米邦武

時の政府首脳部の半分近くを2年近く派遣し、不平等条約改正や西洋文明の調査を目的とした岩倉使節団の非公式記録。
 
岩倉使節団は、木戸孝允大久保利通伊藤博文ら大臣クラスの政治家だけでなく、ジャーナリストの福地源一郎、東洋のルソーと呼ばれた思想家の中江兆民、後の三井財閥総帥の団琢磨、女子教育の先駆者の津田梅子、日露戦争終結の立役者の金子堅太郎など、バラエティに富んだ人々が随行していた。本書は、その一員である久米邦武が残した視察報告書である。米国が成功した理由、自主ということの本質、文明国が兵備を整える理由、進歩の本質、明治日本の製造業が粗雑だった理由、他国の製品の模倣をすべきでないわけ、などなど。泰平の眠りをむさぼっていた小国が、世界をリードする先進国の模様を瑞々しい感性でつづった一冊。おすすめ

【書評】『虐殺のスイッチ』 森達也

「なぜ人は優しいままで人を大量に殺せるのか」。そんな筆者の疑問から始まった、集団による虐殺のメカニズムを解き明かす一冊。
 
筆者はたった一人でつくった「A」というドキュメンタリー映画で、オウム真理教の中で出家信者と暮らし、その模様を取材したことでも知られている、筆者から見たオウム信者は、世間で言われているのとは違い、一人一人は優しく礼儀正しい人々であった。ではなぜ彼らが、残虐なテロ組織となっていったのだろうか。為政者が過ちを犯すとき、オウムが優しいままで人を殺せたわけ、宗教弾圧をすべきでない理由、良識ある人が虐殺に手を染めるまでの8段階、カンボジアがキリングフィールドを観光客に公開している理由、などなど。我々の中にある、虐殺のスイッチ。そのメカニズムを探る一冊。おすすめ

【書評】『ニュースの未来』 石戸諭

「ニュースとは新しい価値を創造するという意味で、クリエイティブなもの」。そう語る筆者による、ニュースの未来について。 これまでニュースを担ってきたテレビ、新聞、雑誌の凋落はいかんともしがたい。さらにインターネットの発展により、ニュースの持つ価値自体も変化している昨今。ニュースに未来はあるのか、筆者がよく問われる問いに、真正面から答えた一冊。ニュースの確からしさを増すもの、ニュースの3つの基本形、バイアスを排除するためにすべきこと、インターネットの時代にニュースに求められること、インターネット時代のニュースの王道、良いニュースの5つの要素、などなど。新聞社やWEBメディアで最前線の記者としてニュースを報じてきた筆者だからこそ描ける、ニュースの未来。ジャーナリストを目指す人も、そうでない人も、現代人必読の一冊。いちおし

【書評】『ガンダム世代への提言』 富野由悠季

ガンダムを作った男、富野由悠季の対談集。
 
「御大」の異名をとる富野由悠季に挑むのは、老若男女、大学教授から役者や経営者、詩人や杜氏、アスリートから宇宙飛行士まで、多士済々の面々。そんな彼ら彼女らとの対談で、富野が発した言葉とは。高邁な理想を実現するために最初にすべきこと、ノブレス・オブリージュの意味、襖や障子の真の機能、いい教員の条件、戦艦大和の歴史的意義、江戸時代や平安時代が平和であった理由、などなど。一流は一流を知るとの言葉通り、異分野でも、異分野だからこそ御大の深い洞察が冴えわたる一冊。おすすめ

【書評】『くらしのための料理学』 土井 善晴

「和食は、何もしないことを最善とする」。そう語る筆者による、和食という思想の入門書。
 
筆者は料理人として、料理研究家として、長年にわたり料理と和食にかかわってきた。贅を尽くしたハレの料理ではなく、毎日食べる日常の料理を通じ、しあわせを考える一冊。ハレの日の料理で雑味を除く理由、和食と西洋料理の本質的な違い、懐石料理が油を嫌うわけ、ラーメンやカレーが「国民食」である理由、美味しい料理の条件、料理が人間に必要なわけ、などなど。一汁一菜を基本とする和食の、深淵なる世界を解きほぐす一冊。いちおし

【書評】『ジャガイモの世界史』 伊藤章治

「ジャガイモは貧者のパンとして、歴史の転機で大きな役割を果たしてきた」。そう語る筆者による、ジャガイモの歴史。
 
今や我々の食卓に欠かせない食べ物の一つである、ジャガイモ。その伝播から普及、世界史に果たした役割までの、知られざる歴史を追った一冊。欧州でジャガイモの普及が遅れた理由、フランス料理に名を遺すジャガイモ普及の恩人、ロシアで発生したジャガイモが原因の反乱、長崎とジャガイモの意外な接点、男爵いもの語源、などなど。知っているようでよく知らない、身近な食品の歴史がよく分かる一冊。おすすめ

【書評】『リーダーたちの日清戦争』 佐々木雄一

明治日本にとって、近代国家として初の本格的な対外戦争である日清戦争。政治面から見たその戦争の実態をまとめた一冊。
 
軍事は政治に隷属する。そのため戦場での勝敗以上に、政治外交での優劣が戦争の勝敗に影響する。にもかかわらず、戦場での武勇伝は広く知られているが、その戦争時の総理大臣が誰であったかまでは、あまり知られていない。おまけに日清戦争は、のちの日露戦争に比べてマイナーな戦争でもある。だが近代国家としては初めての本格的対外戦争であり、また東アジアの盟主である清を相手にした戦争でもあるため、日本近代史では欠かせないターニングポイントとなる出来事である。日清戦争の開戦の政府決定について、伊藤博文が慎重論を唱えたわけ、陸奥宗光が清に対して強気に出た理由、シビリアンコントロールがうまくいったわけ、三国干渉が日露戦争の伏線となった真の理由、などなど。戦争以前の東アジア情勢から、戦後の余波と日露戦争への道まで、日清戦争を広く深く知るための一冊。おすすめ