【書評】『限りなく完璧に近い人々』 マイケル・ブース

様々な幸福度調査で、常に上位に位置する北欧諸国。トラベルジャーナリストである筆者が、その社会について解説した一冊。
 
世界一住みやすい国と言われるデンマーク、世界最高の教育システムを持つフィンランド、世界で最も成功した産業国家であるスウェーデン、石油による莫大な富を分別と倫理観を持って投資しているノルウェー、世界一男女平等な社会を実現したアイスランド。この5カ国に共通すること、しないことを多くの人々の証言から探る一冊。統計データなどの数値データはほとんど出て来ず、筆者が直接取材して集めた証言ばかりで構成されている。そのため資料としての正確さには欠けるが、それぞれの社会の「体感温度」をよく示した、読み物として満足できる一冊。おすすめ

【書評】『人はなぜ「美しい」がわかるのか』 橋本 治

『「美しさ」とは各人がそれぞれに創り上げるべきもので、「美しさ」とは無数にあるもの』。そう語る筆者による、「美しさ」をめぐる哲学。
 
「美しい」とはどういう状態なのか。それは合理的な状態だと筆者は述べる。美しさが分からないとはどういう状態か、「カッコいい」とはどういう状態か、美術品が高価な理由、人が周りに影響される理由、コレクターが擬人化を好きな理由、などなど。周りの世界をる目が、少し変わるような哲学的思考の数々。おすすめ

【書評】『大英帝国の歴史 下』 ニーアル・ファーガソン

かつて地球上の面積の1/4 を占める大帝国であった英国の歴史。下巻はヴィクトリア朝の絶頂期から没落、そして現在まで。
 
2度の世界大戦により、英国はその輝きを失ったと言われる。だが没落の兆候は、それ以前の18世紀にもあったのだ。ドイツの統一とその急速な勃興、その挑戦をはねのけることで、英国はその力を使い果たした。英国は覇権を失ったが、その残滓はイギリス連邦の加盟国がいまだに増加していること、また旧英国領が民主政を保ち健全に経済発展していることからも見いだせる。
 
歴史を学ぶ上で一番重要である「なぜ」と「これから」についての考察が薄く、「昔はよかった」という老人の回顧録を思わせる一冊

【書評】『黙殺 報じられない“無頼系独立候補"たちの戦い』 畠山理仁 

「無名の新人候補の訴えにも見るべきものがあるし、未来へのヒントがあふれている」。そう語る筆者による、2016年の東京都知事選をに立候補した、いわゆる「泡沫候補」たちのノンフィクション。
 
97%対3%。これは、上記の選挙において民放テレビによる「主要3候補」と、ほかの18候補の報道時間の比である。だが全ての候補者が安くはない供託金を支払い、社会に多様な選択肢を与えているのに、これは報道としてのあるべき姿なのだろうか。そんな問題意識から、筆者は「泡沫候補」たちを敬意をこめて「無頼系独立候補」と呼ぶ。候補者はなぜ選挙に立候補するのか。それは成し遂げたい政策があり、実現したい社会がるからだ。「無頼系独立候補」はなぜ奇抜な言動をするのか。そうでもしない限り、「主要候補」ではない自分たちのことを誰も見てくれないからだ。民主主義の根幹をなす、選挙というシステム。その中で必死に戦う、無名の候補たちの人間ドラマを追った一冊。おすすめ

【書評】『大英帝国の歴史 上』 ニーアル・ファーガソン

「それが良いものであろうが悪いものであろうが、正しいものであろうが汚いものであろうが、今日我々が世界として認識しているものは、その大部分がイギリス帝国の時代の産物である」。そう語る筆者による、大英帝国の歴史。上巻は大帝国への道を歩み始めたエリザベス一世の時代から、ヴィクトリア朝がインドを支配するまで。
 
大英帝国は、海賊の帝国であった。エリザベス一世以降、英国はほかの帝国から奪い取るということが、継続した作戦として行われてきた。七年戦争をはじめとする多くの戦争を経て、英国はその支配を広げていく。英国の植民地支配に対して多くの意外な事実が述べられているが、なぜ、どうやって英国が大帝国になり得たのかについては、考察不足が否めない。「知れば知るほど嫌いになる」と言われる大英帝国の歴史だが、それを英国人自らがいかに正当化するかが興味深い一冊

【書評】『テクニウム』 ケヴィン・ケリー

「必要条件となる知識や道具が整ったときに、発見は事実上必然となる」。そう語る筆者による、テクノロジーの本質とは。
 
グローバルで大規模に、相互に結ばれているテクノロジーのシステム。それを筆者はテクニウムと名付けた。我々人類は石器から蒸気機関、コンピューターまで様々なテクノロジーを発明してきた。それらのテクノロジーに通底するものは何か。生命における生態系と同様に、テクノロジーの進化にも、歴史的必然性が潜んでいる。新しいテクノロジーの進化は必然で、それを止めることはできない。しかし各テクノロジーの性格を決めるのは、我々なのだ。
 
人類の寿命とテクノロジー進歩の関係とは、ガラクタばかりしか作らない人類が進歩していると言える理由とは、繁栄の結果として人口が減る理由とは、テクノロジーの進歩が必然と言える理由とは、ムーアの法則が汎用的に使える理由とは、テクノロジーの禁止令が意味がない理由とは、などなど。テクノロジーのこれまでと、これから。その双方に対してこれほど示唆の多い著作はないのではないだろうか。テクノロジーに関わる者にとって、羅針盤となるべき一冊。いちおし

【書評】『チャヴ 弱者を敵視する社会』 オーウェン・ジョーンズ

「本書の狙いは、労働者階級の敵視の実態を明らかにすること」。そう語る筆者が綴る、弱者がさらに叩かれる世界の現実。
 
生活保護、移民、障碍者、ホームレスなど、現在の社会は弱者に同情と支援をもたらすのではなく、蔑視と排除とをもたらしている。これは日本に限った話ではなく、筆者の生まれた英国でも事情は同じである。労働者階級は分断され、かつての力を失い、嘲りの対象となった。それにより社会は大きく分断され、持てる者と持たざる者の格差は広がる一方である。我々はどこでどう道を誤ったのだろうか。この本にも明確な答えも、的確な対策も記載されていない。だが我々が何を選ぶべきか、そのヒントはもらえると思う。現代社会のありようを、見事に描き切った一冊。おすすめ