【書評】『新幹線を走らせた男 国鉄総裁十河信二物語』  高橋 団吉

「船のようにたくさんの人を乗せて、空を飛ぶように地上を走る乗りものは、まだこの地球上で、だれも見たことがなかったのである」。世界に類を見ない超特急、新幹線をつくりあげた男の記録。
 
これは百戦百敗した明治男の物語である。収賄容疑で投獄され、職を失い、事業に失敗し、戦乱にまみれ、数え切れぬほどの挫折を重ねてきた男。だがその人生の最後の最後で、一度だけ勝った。その勝利の置き土産が東海道新幹線であり、「鉄道ルネッサンス」とも言うべき世界的な高速鉄道建設の流れであった。1955年、この物語の主人公である十河信二71歳の時、彼が国鉄総裁に就任したとき、国鉄は散々たる有様であった。増え続ける鉄道需要、毎日のように起こる事故、老朽化した車両設備、激化する労働問題、旧態依然とした官僚組織、それに加えて政治の圧力もあり予算の手配もままならない。そんな八方ふさがりの中、十河は戦前にお蔵入りになった「夢の超特急」計画をぶち上げる。国鉄内の反対論が、政治家の横やりが、進まない用地買収が、ままならない予算が、その他数え切れないほどの障害が、十河の行く手を阻む。
 
今でこそ当たり前になった新幹線という風景を、まだ誰も見たことのなかった時代の物語。まるでコロンブスの卵のように、当時の人からすれば夢物語でしかなかった新幹線。愚直に、泥臭く、大仕事をやってのけた男の生涯は、刮目に値すると思う。おすす