【書評】『北朝鮮へのエクソダス』 テッサ・モーリス

冷戦期に実現した、日本から北朝鮮へのエクソダス(脱出)。その実像を追ったノンフィクション。
 
1959年から1984年にかけて実施された「帰国事業」により、9万人以上もの在日朝鮮人とその縁者となる日本人が、北朝鮮に渡った。在日朝鮮人の祖国願望に応えたヒューマニズムの物語は、冷戦下のパワーポリティクスの結果でもあった。危険分子とみなされていた在日朝鮮人を追放したい日本、労働力不足解消と「地上の楽園」ぶりを世界に見せつけんとする北朝鮮北朝鮮のさらなる強大化を警戒する韓国、人道主義の旗印のもとに名を上げたい日本赤十字社、さらには東アジアに影響力を持つ米ソ中。これらのプレーヤーの思惑が複雑に絡み合いながら、東アジア史上最大と言っても過言ではない民族大移動が実現した。
 
筆者はこの大事業を、新潟、平壌ジュネーブなどに足を運び、丹念な取材を積み重ねていく。ともすれば発散しがちな大きすぎるテーマでありながら、読む者の心をつかんで離さない筆者の筆力。一冊の本で全貌をつかめるほど、生易しいテーマではない。だが知られざる大事業の下で、歴史に翻弄された個人を負った筆者の大仕事は、刮目に値すると思う。おすすめ