【書評】『緊急招集(スタット・コール)―地下鉄サリン、救急医は見た』 奥村 徹

「教訓は普遍化することによってのみ、教訓たりえる」。緊急医として地下鉄サリン事件の最前線にあった筆者が語る、医療現場の記録。
 
筆者は地下鉄サリン事件当時、聖路加国際病院で緊急医として勤務していた。首都中枢が毒ガステロを受け、数千名の死傷者を出すという未曽有の事態に、医療スタッフたちはどのように対応したか。時系列に剃って克明に描かれた記録。これだけの規模のテロ攻撃でありながら、死者が10名で済んだのは様々な偶然と、多くの無名の人々の努力が重なった結果だと実感させられる。筆者自身、いつもであればサリン攻撃を受けた時間帯の地下鉄で出勤していたが、たまたまその日は寝坊したためタクシーで出勤し、難を逃れた。それ以外にも、聖路加国際病院と松本サリン事件の治療医師とのつながり、事件3日前に開催された化学兵器の研修。またサリン治療にも使えるPAMを、赤字ながら製造し続けた製薬会社。そのPAMを、こだま停車駅で各営業所の在庫を集めながら東京に送った薬問屋。自主的にベッドを空けた入院患者たち。たまたま新人看護婦の教育用ビデオ撮影に来ていたため、事件当日の模様を撮影できたクルーたち。などなど。ただ筆者が繰り返し述べているように、これらはあくまで偶然の産物であり、日本の緊急医療体制はお寒い限りである。実際、国境なき医師団阪神大震災後に日本を防災体制が不備な、国際援助を受けるべき国という位置づけに変更したという。前半の事件当日の記録も、後半の緊急・災害医療体制への提言も、鳥肌が立つこと請け合いの一冊である。おすすめ