【書評】『ヒトラー(上)』 イアン・カーショー

 「ヒトラー独裁は、文化的で進んだ近代社会がごく短期間のうちにイデオロギー戦争、残虐な征服、ジェノサイドという野蛮の極みに向かいうることを警告している」。そう語るドイツ近代史研究の世界的権威である筆者による、ヒトラー研究の金字塔。
 
上巻は生誕からウィーン芸術大学の入試失敗、第一次世界大戦、ナチへの入党、権力掌握、ラインラント進駐まで。ヒトラーが演じた「指導者」とは何か、なぜワグナーに心酔したのか、19世紀末からドイツが抱えてきた課題とは、ヒトラーの演説が人々の心をとらえた理由、ヒトラーが読書家であった意味、などなど。膨大な資料の裏付け、緻密かつ大胆な分析、歴史全体を俯瞰する構想力、などの歴史書が歴史に残る要素を全て兼ね備えた本書は、ヒトラーを語るうえで欠かせない一冊である。上巻だけでも600ページを超え、質量ともに安易に読み解ける本ではない。だがポピュリズムと排外主義が跋扈する、今の時代にこそ読まれるべき一冊。おすすめ