【書評】『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』 野嶋剛

世界中で猖獗を極めているCOVID-19。台湾が、なぜその脅威をほぼ完全に封じ込めているかをまとめた一冊。

天才IT大臣のオードリー・タン、ほぼ毎日記者会見を行った鉄人指揮官・陳時中、社会的弱者への目配りを忘れない蔡英文総統など、適材が適時適所に配されていた台湾。だがそれだけでなく、様々な要因が重なって「台湾の奇跡」は起こった。SARSから学んだ国と学べなかった国、日産1000万枚のマスク確保の理由、ITだけではない物心両面のサポート、台湾社会が一体化できたわけ、日本でPCR検査の数が少ない理由、台湾が外国人労働者にもマスクを配布する理由、などなど。偶然ではなく、自らの力によって奇跡を起こした台湾を、あらゆる角度から検証した一冊。2020年7月発行。おすすめ

【書評】『クビライの挑戦』 杉山正明

「地球規模で世界が一つになるのは19世紀後半からであるが、13世紀にはモンゴルによってユーラシア世界は一つに結び付けられた」。そう語る筆者による、世界史の転換点となったモンゴル時代の解説書。
 
モンゴル帝国は「文明の破壊者」とみられることが多い。だがこれは西欧や中国からの一方的な見方に過ぎない。流通拠点の整備による商業の推進、戦争の産業化、基準通貨の導入、グローバルな人材登用など、グローバル世界の原型は13世紀にモンゴルが成し遂げたことであった。国家が通商を推進し、国民利益の獲得を第一目的とする。これによって社会も国家も反映するという近代社会の原型は、モンゴル時代につくられたのである。クビライと豊臣秀吉の共通点、元の中央政府と地方政府の大きな違い、銀河グローバルな基準通貨となった理由、日本で通貨が流通し始めたきっかけ、などなど。強大な軍事力だけで語られることの多いモンゴル帝国が、いかに現在の世界の基盤を作っていったかがよくわかる一冊。「驚き」は知識の源泉であり、自分の主観的モデルに基づいた予想が裏切られ続けている限り、現実から新しく学ぶ可能性を持つという。知識がアップデートされ、新しい視界が開ける学びの楽しさを再確認させてくれる一冊。いちおし

【書評】『貧乏人の経済学』 パナジー&デュフロ

開発援助の現場から生まれた、貧困を克服するための新たなるアプローチをまとめた一冊。
 
世界には10億人もの飢えに苦しむ人々がいると言われている。だがそれは本当だろうか?世界の貧困層の多くは、全消費額の半分以上を食べ物以外に使っているという。飢えに苦しんでいる人々が、食べ物以外に消費を行うのだろうか?本書はそんな貧困に対するそもそも論から、貧困問題への新しい切り口を探る一冊。途上国で健康保険が必要な割には広まらない理由、子どもの数と貯蓄率との関係、マイクロファイナンスが貧困を克服できない原因、途上国に作りかけの家が山ほどある必然、などなど。目の覚めるような切り口から、貧困問題をもう一度考えるためのヒントが詰まった一冊。おすすめ

【書評】『ミッドウェー海戦 第二部』 森史朗

運命の日を迎えた第一航空艦隊。関係者への膨大なインタビューから、その全貌を探る大作。

南雲忠一が犯した最悪の命令違反、山口多門こそが司令官にふさわしい理由、スプールアンスの勝負師としての凄み、永野修身軍令部長がリーダーとして決定的に欠けていたもの、栗田健男がポンコツである理由、友永丈市の覚悟、兵装転換に時間がかかった原因、などなど。一つ一つの小さな伏線が、無敵艦隊壊滅という結末に向かって一気に収束していく。ノンフィクションではなく、上質なミステリーを読んでいるがごとく、ページを繰る手が止まらない。たとえこの戦いの結果を知っていても、いや知っているからこそ、歴史は様々な学びを与えてくれる。いちおし

【書評】『理不尽な進化』 吉川浩満

「これまで地球上に出現した生物種のうち、99.9%が絶滅してきて、私たちを含む0.1%でさえ、まだ絶滅していないというだけ」。そう語る筆者による、絶滅という観点からみた生物の進化について。
 
多くの生物は劣っていたからではなく、運が悪かったから絶滅した。そんな生物進化の理不尽さに焦点を当てたエッセイ。働きバチが自分自身で繁殖をしない理由、種の寿命と絶滅の確率について、進化を生み出す力、周期セミ素数周期で大量発生する理由、理不尽さにたいする哲学的考察、などなど。筆者も、この本の対象読者も、生物や進化の専門家ではない。科学と哲学との交差点に生まれた、珠玉のエッセイ。進化とは、絶滅とはについて考えさせてくれるヒントになる一冊。おすすめ

【書評】『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』 スコット・ギャロウェイ

GAFAは福音か、それとも黙示録の四騎士のように破壊をもたらすのか。MBA教授であり、連続起業家でもある筆者による地上の支配者を解き明かした一冊。
 
彼らはポケットサイズのコンピュータを作り、発展途上国にインターネット網を広げ、世界の詳細な地図を作り、ヒトやモノのつながりを強化し、史上かつてないほど巨額の富を生み出し、世界を物心両面で豊かにした。一方で、税金は払わず、一部の特権階級の下で膨大な農奴を使い、数知れぬ仕事を消滅させ、ロビー活動により情報を独占し、人々のプライバシーを丸裸にしてきた。彼らはいかにしてその力を得、どのように世界を変え、どのように終わるのか。彼らの支配の下で我々はどのように生きるのか。米国でこれらの企業が誕生した土壌、アップルのみが永続できる理由、フェイスブックツイッターの大きな違い、流通をコントロールする利点、GAFAの次に来るもの、などなど。テクノロジー企業という枠を超えて、我々の生活に密接に関わる彼らの、知られざる一面を解き明かす一冊。おすすめ

【書評】『公文書危機』 毎日新聞取材班

自衛隊日報隠蔽をはじめとする様々な公文書の不正。毎日新聞取材班が、巨大な官僚組織の内幕に迫った一冊。
 
近年、国の政策決定の過程が文字にならず、あらゆるところで検証不能になっている。もし政治家や官僚が全く間違いを犯さないなら、記録などという手間もコストもかかる方法を避けるのも理解できる。だが例を挙げるのもばかばかしくなるほど、人間の判断には誤謬がつきものであり、現在の日本の低迷を見れば政治家や官僚もまた然りであることは言うまでもないだろう。公文書が残されなければならない理由、ヒラリーの私用メール事件がからみる公文書の在り方、霞が関の公文書に対する常識、敗戦と民主党政権で官僚たちが取った共通する行動、などなど。膨大な時間と数多くの官僚への取材を通じて見えてきた、公文書の危機。この国の現状を知るうえで、今読まれるべき一冊。おすすめ