【書評】『桶川ストーカー殺人事件 遺言』 清水潔

これは、一介の雑誌記者の義憤の物語である。
 
筆者が取材に関わった、桶川駅前で起きた殺人事件。ストーカー被害に悩まされ、身の危険を感じていた被害者の再三の訴えにもかかわらず、埼玉県警は動かずに事件は起きてしまった。それに加えて、埼玉県警は事件自体をもみ消そうとする。埼玉県警との関係悪化を恐れて、報道が後手に回る大手マスコミ。筆者の筆圧すら感じる圧倒的な文章力、胸が締め付けられるような義憤。超一流の文章だけが持つ圧倒的な迫力で、ページを繰る手が止まらなくなる、ノンフィクションの最高峰。
 
自らの仕事を「三流」週刊誌の記者と卑下する筆者。だがその仕事は、丹念な取材と誰よりも強い正義感で、誰も真似できないもの。正義はどこにあるのか、報道とはどうあるべきか、そして仕事の誇りとは何かを考えさせてくれる一冊。いちおし

【書評】『セーラが町にやってきた』 清野由美

「戦略あっても計算なし。悩む前にまず行動」そんな台風娘が、小さな町に旋風を巻き起こした記録。
 
この物語は1994年春、長野オリンピックを目前に控えた、長野県小布施町という小さな町から始まる。日本好きのアメリカ人、セーラ・マリ・カミングスが町にやってきたのだ。彼女は有り余る情熱と、持ち前の行動力で、老舗造り酒屋の債権から小布施の町おこしまで、様々なアイディアで人を、会社を、町を変えていく。改革を成し遂げるために何が必要なのか、商売を成り立たせるものは何か、町おこしに必要なものは何か、などなど。失うものの何もない「よそ者」が、情熱先行で即行動の「若者」が、常識外れであっても本質を見逃さない「ばか者」が、いかに改革を成し遂げたかの記録。
 
読み物として痛快なだけではなく、ビジネス書としても得るものが大きい一冊である。セーラの溢れんばかりの行動力に圧倒され、その情熱に奮い立たされる一冊。おすすめ

【書評】『レッドムーン・ショック』 マシュー・ブレジンスキー

米ソ宇宙開発競争の舞台裏を描いた意欲作。
 
この長い物語は、1944年のオランダから始まる。ナチスが開発したV2ミサイル、その遺産をめぐる米ソの主導権争い、核開発競争とその輸送手段をめぐる競争、スプートニクショック、アメリカの人工衛星打ち上げまでの、人類が宇宙へ踏み出すまでの物語。元々は核爆弾の輸送手段として開発が始まった米ソのロケット。ある意味、誰も予想しなかった形で宇宙開発競争が始まるまでを描く。
 
スプートニクが打ち上げられた本当の理由、ソ連が犬を短期間で宇宙に送り込めた理由、コロリョフの評価がソ連で低い理由、スプートニクショックに対して米国政府の対応が遅れた理由、などなど。知られざる米ソ宇宙開発競争の秘話の数々は、ページを繰る手が止まらなくなる。おすすめ

【書評】『自壊する帝国』 佐藤優

外交官であり、諜報活動員であった筆者による、ソ連崩壊のルポルタージュ
 
筆者はノンキャリの外交官として、また諜報活動員として冷戦末期のモスクワに派遣される。そこで筆者はソ連の政治家、外交官、学生、ジャーナリスト、市井の人々などと交わり、様々な情報を収集していた。ソ連が崩壊へと向かう激動の時代、目まぐるしく変わる情勢の中で筆者が見たものとは。
 
「時代の変わり目」に立ち会った人の手記を読むにつれ、その筆者は大きく2種類に分けられることに気付く。時代の変化に気付かないまま翻弄される人と、時代の変化を読み解き自分の望む方向へと動かそうとする人。この本の筆者は、まぎれもなく後者である。良質な知性と、またとない機会とが組み合わさったとき、後世に記録される「歴史」が生まれる。そんな歴史の胎動を感じさせてくれる一冊。おすすめ

【書評】『やりたいことがある人は未来食堂に来てください』 小林せかい

「あなたが世の中に軋みのように感じる「違和感」をヒントに、皆が理解できるレベルまで落とし込めば、それはあなただけの、あなたにしかできない取り組みになる」。そう語る筆者による、何かを始め、続け、伝えていくためのヒント。
 
筆者は全くの料理未経験から、「未来食堂」という定食屋を開業した。なぜそれを始めたのか、そうやって続けたのか、いかにしてそれを伝えていったのか、筆者の頭の中を克明かつ分かりやすく解説した一冊。誰も得していない「当たり前」を見つける、作業量ではなく作業時間で管理する、弱みを見せることで応援してもらえる、自分自身の「ふつう」の基準を上げる努力をする、即断の為に判断軸を作る、などなど。その言葉は論理的かつ一本筋が通っているため、読んでいて違和感なく筆者の考えが理解できる。
 
特に感動したのが「5倍ルール」の話。自分自身の「ふつう」の基準を上げるために、自分が提供したい内容の5倍の価格のものに慣れ親しむこと。例えば筆者であれば、800円の定食を提供しているので、その5倍の4000円の食事屋に意識して通っている。同じ価格のところでは、学ぶにしてもどうしても劣化コピーになってしまう。だから自分のものよりはるかに高級なところで、「ふつう」の基準を上げていく。自分の感じた「違和感」を大事に、あたらしい「ふつう」をつくっていく。大上段に構えるのではなく、自然体であるために、自然と応援したくなる一冊。いちおし

【書評】『90秒にかけた男』 髙田昭

「一所懸命、瞬間を生きていると、うまくいかなくても「失敗」と感じなくなる」。そう語る筆者による仕事論。
 
筆者は長崎の一介のカメラ屋を、わずか10年ほどでTV通販の雄に育て上げた、立志伝中の人物である。そんな筆者の経歴からは想像もつかないほど、穏やかで、温和で、優しさに満ちた一冊。逆境の中でもあきらめず、いかに商機を見つけていくか。前向きで、真摯で、真剣な筆者の仕事ぶりには、筆者の人柄がにじみ出ていると思う。読めばきっと、ポジティブな気持ちになれる一冊。おすすめ

【書評】『モサド前長官の証言「暗闇に身をおいて」』 エフライム・ハレヴィ

「どちらが裏の世界で、どちらが日の当たる表の世界なのか。ほんとうのところ、自分でもよくわからない」。世界最強と言われる、イスラエル秘密情報機関の長官を務めた筆者による回顧録。
 
イスラエルは四方を敵に囲まれ、国土が小さいことから戦略的な縦深性にも乏しい。そんなイスラエルが今日まで生き残れてきたのはなぜか。その一つの答えが、秘密情報機関モサドだ。ここで筆者が明かすのは、イスラエルとその周辺国の伝統的な外交政策の特徴、交渉にあたって意識すべきこと、情報から判断を下す時のポイント、チームを作る際の注意点、などなど。諜報活動から各種和平交渉まで、さまざまな領域にわたってのモサドの流儀が明かされる一冊。権謀術数渦巻く世界で生き残るための、インテリジェンスの世界の一端を知れる一冊。おすすめ